採用担当者の中には、学歴や職歴だけを見て採否を決める人がいます。
だからといって面接をしないわけではありませんが、既に学歴や職歴で気に入ってしまっている場合には、面接の結果が酷い内容だったとしても気にしないで採用してしまうことがあります。
果たして、学歴・職歴のみで判断する方法は良い人材を採用することになるのでしょうか。
実は、学歴や職歴だけでもある程度の判断はできます。
しかし、それは「この学歴だからこういう知識があるだろう」「この職歴だから、この分野には長けているだろう」という推測にすぎません。
本当に優秀であるか否かは、履歴書の内容だけで判断するのは難しいですし、試験を受けさせて良い結果だったからといって、それがそのまま良い人、ということにもなりません。
ただ、高学歴であれば、そこに入学できただけの学力は備わっていると考えることはできます。
例えば文章力、思考力、計算力といった能力の幾つかが高い水準にあるかもしれません。
しかし、幾ら高い学歴をもっていたからといっても、必ず高い能力が備わっている保証はありません。
学力を測るには、学校のネームバリューではなく、筆記試験をする方がわかるでしょう。
もちろん、学力が高いというだけでもいいとは言えません。
学力が高くても考え方がねじ曲がっていたり、協調性がなかったりする人は、仕事をきちんとできないかもしれません。
また、前職が大企業であったり、同じ業種であったりすることは、この分野の仕事をよく理解しているため、即戦力として使い勝手が良い、という見方をすることができるため、採否を職歴で決めてしまう場合があります。
しかし、この場合では「なぜ辞めたのか」ということの方が重要です。
もしかしたら、仕事についていけなくて辞めたのかもしれません。
そうであれば能力が低いということになります。
前職で問題を起こした辞めたのであれば、そんな人を採用してしまったら、会社はリスクを負ってしまうことになります。
ですから、職歴で判断できることは、同じ業界であれば、業界の慣習や仕事のやり方を「ある程度」は知っている「かもしれない」ということです。
職種も同様、その職種での仕事の進め方を「ある程度」は知っている「かもしれない」という程度のことなのです。
その人を採用するに足ると判断する材料としては、ペーパー試験や履歴書だけでは測りきれるものではありません。最も重要な要素は、「人格」です。
組織で働く以上、周りには同じ仕事をする仲間がいます。
また上司もいます。彼らと一つの仕事を完遂させるには、コミュニケーション力が必須です。
協調性と置き換えてもいいでしょう。
この能力は、ペーパーテストで国語や英語の能力が高くても、高学歴であっても、前職が大企業であっても、測りきることはできません。
また、時間にルーズであったり、約束を守らなかったり、だらしがなかったりする、ということも書類上では現れてきません。
能力が高ければ、いつ出社しても構わない、顧客とは会わない仕事である、ということでもなければ、これらの要素は、ペーパーテストで測ることができないけれども、重要な判断材料の一つになります。
採用において一番怖いことは、「書類上では良い人だと思ったのに、採用して見たら全然よくなかった」つまり、「ふたを開けてみたら腐っていた」という状態であったときのことです。
一度採用してしまうと、法律上そう簡単に退職してもらうことはできませんので、採用担当者は重大な責任を持っています。
採用担当者は、長年やっていればいるほど、自分の先行眼に自信をもってしまいがちです。
しかし、その気の緩みこそが、目を曇らせ、とんでもない社員を採用してしまうことにつながるのです。
採用担当者は、間違った選択をしないために、常に細心の注意を払い、時には他の社員の協力を経て、一人の目で見るのではなく、多くの人の目で見て、あらゆる試験を駆使して、様々な角度から分析しなければなりません。
その上で、うっかり使えない人を採用してしまったら、その責任は採用担当者にあるのです。
入社したらあとは知らない、では通りません。
よく、「あれだけの短時間ではわからない」と言い逃れをする採用担当者がいますが、そのような逃げ口上で責任逃れをしようとするのであれば、担当者としては失格です。
採用担当者は、あけたら腐っていた、ではなく、開ける前に腐っているか否かを見分けなくてはいけないのです。