よく「叱る」と「怒る」は違うというようなことが、管理職としての心構えを説く本などに書かれていることがあります。
「叱る」という行為は、感情を抜きにして、相手の良くない振る舞いを注意して改善を促すもので、根底にはその相手を温かく見守り、成長をしてほしいという気持ちがあります。
これに対し、「怒る」という行為は、自分の鬱憤を晴らすための行為で、感情が介在してしまうので、よくない、というのです。
でも、実際はどうでしょうか。
「怒る」という行為には、人を教えるときにも、自分の立場を守るときも、自分の身を守るときでも、必要なときがあります。
「叱る」という、感情を抜きにした指導行為が通じない場面があります。
それは以下の2つです。
このタイプは、こちらが相手より立場が上なので、仕事を教えているにも関わらず、まったく相手側がいうことを聞くつもりがない、という態度をとっている場合です。
このような相手に対峙する場合には、有無を言わさない迫力が必要になります。
それは、力でねじ伏せるという形をとることも多く、言うことを聞かなければときに、感情的に「怒る」ことも必要になります。
このタイプは、相手がこちらと対等か、または立場が上であるときによくあることです。
いわれのない誹謗中傷や、仕事上のミスに対して必要のない個人的な中傷をしてきます。
このようなときには、笑ってやり過ごしたり、ひたすら謝って下手に出るという方法をとることも一つのやり方ではありますが、そのような態度ばかりとっていると、こいつには何を言っても構わない、と相手がつけあがることがあります。
ですから、このような場合にも、ときには「怒る」という態度を見せることは大切です。
いずれのケースにせよ、「怒る」という感情の見せ方をコントロールすることが、相手の心に届くか届かないかの分かれ目です。
こちらが相手のことを思って親切に教えているにもかかわらず、まったくこちらの話を無視する「馬の耳に念仏」社員に対しては、やわらかい態度をとっていても何も状況は変わりません。
相手が頑なな態度をとってきたときに、そのまま笑ってやり過ごしたり、ことなかれ主義を貫いてしまうと、「たいしたことないな」「これでいいのか」と思われてしまいます。
相手は、どこまでやっても大丈夫なのか、限度を探っています。
あなたが許容すればするほどエスカレートしていきます。
つまり、あなたはなめられてしまうのです。
そして一度とってしまったことなかれ主義のせいで、その後「馬の耳に念仏」社員は、さらにあなたの意見を聞かなくなります。
それは、仕事を進めるうちにどんどん酷くなり、やがて役に立たない無責任社員へと成長を遂げます。
こうなってしまうと、あなたはその社員がいい加減に仕上げた仕事をすべて尻拭いしなければならず、場合によっては一からやり直すことになり、あなたの仕事が余分に増えてしまいます。
もし、そういう社員が部下や後輩にいるのであれば、今からでも遅くはありません。
「怒り」でもって相手をコントロールしましょう。
あなたは、すべての人に同じ態度で接しなければならないと思っていますか?
自分に対する態度や、仕事に対する姿勢は、千差万別です。
ですから、同じ態度ですべての人に接することは、実際には不可能です。
こちらが不快にならない態度を取ってくるのであれば、あなたは怒る必要はありません。
あなたが「腹が立つ」と思ったのであれば、怒ってよい、ということなのです。
このような社員は、大体似たような行動をします。
このような態度をとる人に対しては、いきなり起こるのではなく、まずは丁寧に教えてみましょう。
丁寧に教えたうえで、どのような態度をとるのか様子を見ましょう。
そして、やはり改善が見られなかった場合に、「怒る」という段階に移行します。
いくら注意しても、いくらアドバイスをしても聞き入れない人というのは、必ずそのせいでミスをします。
ですからミスをしたタイミングできちんと怒りましょう。
そのとき、なぜ注意(またはアドバイス)をしたのに、その通りにやらなかったのか、問い質しましょう。
そして、何か言い訳をしたとしても、結果としてできはいないではないか、と追及するのです。
これは怒るときのポイントです。
実際に口を出して怒るときは、相手を見て静かに淡々と怒るか、口汚くののしるように怒り怖がらせるか、どちらの方が最適であるか、見分けて使いましょう。
相手がこれまで勝手に頭の中でつくりあげてしまた、仕事への考え方を完全に破壊しなければなりません。
仕事を言われたとおりにしかやらない人、というのは、責任を取りたくないという気持ちが非常に強く、正社員であるにも関わらず、バイト感覚で仕事をしています。
社会人であるならば、自分の仕事にはそれなりのプライドと責任をもって取り組むのが筋なのですが、こういう人は、その考え方が抜け落ちています。
ですから、「これをやっておいてくれ」と頼まれると、本当にそれしかやりません。
そこに自分の考えを加えたり、相手を思いやって一歩進んだ仕事を提案したりすることはありません。
もちろん、自ら仕事を見つけて掘り下げようともしません。
こういう人に怒ると、「言われたとおりにやっているのに、なぜ怒るのか」と反論してくることがあります。
反論しないまでも、心の中ではそのように思っています。
このバイト感覚を捨ててもらわなければなりません。
まずは、怒るのではなく、諭してみましょう。
あなたには期待しているのだ。
あなたは期待されているのだ。
今までの経歴(学歴)を考えれば、この程度の仕事の仕上げ方では残念だ。
今後はもっと自分の考えを盛り込んでもらいたい。
盛り込むときは一言相談してもらいたい。
このような仕事の仕方ではバイトと一緒になってしまう。
なぜ正社員として採用されたのか、考えてもらいたい、と。
このように、冷静な態度で話しかけてみて、まったく意に介さないような態度をとるのであれば、その時点で怒りましょう。
怒る時のポイントは一つだけです。
それは、「なぜ、この間言ったにも関わらずそうしなかったのか」と問いただすように怒るのです。
そして、反論は一切認めないことです。
仕事上、重要な決定をする場面では、勝手に判断しないで相談するのは当然のことです。
しかし、自分で調べればわかるようなことをいちいち聞かれていては時間の無駄ですし、そのくらいは自分で考えてもらわないと困ります。
このように、自分で調べる努力をしないで、すぐに聞いてくる人がいます。
彼らにしてみれば、自分で調べるよりも、知っている人に聞いた方が早いということなのでしょうが、聞かれる側としては、そのために時間を割かなければならないのでたまったものではありません。
こういう人に対しても、まずは怒るのではなく、すぐ質問をするのではなく、自分で調べたり考えたりするように指示しましょう。
また、わからないからといって何もしないのではなく、わからないなりに自分の考えを持ったうえで「自分はこのように考えているのですが、いかがでしょうか」と聞くようにアドバイスしましょう。
それでもやはり、すぐに質問してくるようであれば、そのときには怒りましょう。
自分で考えることの大切さを説き、自分で考えないことでいかに周りに迷惑をかけるかも教えましょう。
それでも理解できていないようであれば、それこそ、その歳になっても自分で考えられないようであれば問題だ、というニュアンスを含めてもいいでしょう。
会社には、有給休暇や就業時間が定められており、それは社員の権利として認められています。
ですから、その権利を行使することは何の問題でもありません。
しかし、それは自分の仕事をきちんとやっているからこその権利です。
すぐに権利を振りかざそうとする人には、やることをやってもいないのに、休もうとしたり帰ろうとしたりすることが問題であることを、きちんと教えてあげましょう。
有休のとり方にしても、業務に支障が出ないようにしてもらわなければ困ります。
だから、出社してほしい時にはきちんと説明して、休まないように説得するか他の人に肩代わりしてもらえるように手はずを整えるように伝えましょう。
また、会議等で外部の人との関わりがある場合には、社内だけのことではないので、担当としての自覚を持つように言いましょう。
それでも権利を主張してくるのであれば、権利を主張できるのはやることをやっているからだ、ということをわからせましょう。
周りの人や先輩社員を例に挙げて、あのレベルに達していないのに、権利だけ主張するのはおかしい、ということを理解させましょう。
「あなたは他の人より時間をかけなければ同じレベルの仕事ができないのだから、休んでいる場合ではないよ」と。
何も言わずに、定時になったら仕事がたまっているにも関わらず、さっと帰ってしまう人がいます。
まず、他の人が忙しくしているのであれば、手伝わせましょう。
用事があるというのであれば、3回に1回くらいは認めてもいいでしょうが、特別な事情があれば別ですが、毎日認める必要はありません。
それでも帰ってしまうのであれば、「一番下っ端のあなたが、なぜ一番早く帰ってしまうのか、そんなに偉いのか」と怒っても構わないでしょう。
「馬の耳に念仏」社員や、何かをアドバイスしたり注意すると反論してくる社員は、ある面であなたを試しています。
つまり、どのくらいまで自分勝手に振る舞っても大丈夫なのだろうか、ということです。
もし大丈夫であるならば、態度を改めることはないでしょう。
かといって、一回怒った程度で簡単に改まるものでもありません。
こういう態度をとる社員は、そもそも、そういう性格でここまで成長してきているので、何十年もかけて形成された性格が一度の注意や叱責で直るわけもないのです。
だから、あなたは根気よく怒り続けなければなりません。
それは、体力を消耗する行為です。
しかし、それによってやがては仕事をするようになるのであれば、いい加減な仕事をされ続けて、怒ることもできずにストレスを溜めるよりは、よほど有意義な行為ではないでしょうか。
怒りの基本は、まずは感情的に怒らず、冷静に誤りを指摘したり、理由を説明したりして、それでも改善がない時に感情的に怒る、ということです。
そうすることで、反論の余地を与えないと同時に、恐怖を与えます。
恐怖を与えることは、これまで述べてきた、仕事をきちんとやらない社員にとっては有効な手段となります。
また、あまりにおかしな行動ばかりとる問題社員には、理不尽に怒ることも有効な場合があります。
もし自分が悪くないのにいきなり怒られた場合、どうすれば怒られないかを考えて行動するようになります。
ここまで怒ることを推奨してきましたが、怒りすぎて辞めてしまう場合があります。折角採用した人なのに、あなたが怒りすぎたために辞めてしまったのであれば、怒るということは間違いなのでしょうか。
実のところ、社会人として「人間的に扱いづらい」と思われてしまった時点で、その社員はその部署には不要の存在になってしまいます。
その部署で不要の存在となった人は、多くの場合、どこの部署に行っても迷惑な社員でしかありません。
別の部署に行ったら急に仕事をきちんとやるようになり使える人になった、ということはまずありません。
仕事には得手不得手があるので、外勤が内勤になったら能力を発揮するということはあります。
しかし、人の話を聞かない、人間関係に問題を起こす、というような人は、どこの部署に行っても同じ問題を起こします。
そもそも上司を「怒らせる」という時点で、「辞めてもらっても構わない人」というレッテルを貼られつつあります。
注意しても、怒っても改善されず、ついには「理不尽な怒り」まで発動させるようであれば、それをきっかけにその人が辞めたとしても、むしろ会社にとっては、今後給料を無駄に払い続けるよりも、早めに切ることができてよかった、と考えられないこともありません。
こちらの誹謗中傷をしてくる社員に対して、笑って受け流すことはスマートな対応の仕方です。
しかし、何度も誹謗中傷されているのに受け流すばかりでは、ストレスが溜まってしまいます。
また、自分がミスしていないにもかかわらず、こちらがミスしたかのように勘違いして誹謗中傷してくる人もいます。
こういうときは、それなりに怒りの態度を示すことで、その誹謗中傷を打ち消す必要があります。
ただし、怒る前に、相手の誹謗中傷が明らかに的を外れていることが必要です。
もしあなたが本当にどうしようもない振る舞いをして、あきれられていたとしたら、あなたが幾ら怒っても逆効果です。
あなたはまず、自分の仕事をまじめにやっており、常日頃から謙虚な態度でいなければなりません。
その上で、誹謗中傷を受けたのであれば、あなたが怒りを見せることで、「この人には気を遣って接しないとまずい」と思わせることができます。
誹謗中傷する人は、こちらの仕事内容をよく知らないことが多々あります。
もちろんあなたがどれだけ仕事をしているかも知りません。
勝手に、あなたの仕事量が少なく、暇で楽な仕事をしていると思い込んでいます。
残業していても、残業代稼ぎだと考えます。
こういう人は、自分の考えが常に正しいと思い込んでおり、何か一つあらを見つけて、そこから広げて誹謗中傷しようとしてきます。
このタイプに対して、怒りを見せるには、「こちらの仕事を知らないくせに偉そうなことを言うな」という姿勢で臨みましょう。
必ず仕事に対してケチをつけてくるので、そこは反論できるようにしておきましょう。
それも、専門用語を交えて分かりにくくするのも一つの手です。
つまり、「この程度の専門用語も知らないくせに、偉そうに意見するとは何様だ」と、無言のうちに批判するということです。
もちろん、あなたは他から文句を言われないために、その分野においてエキスパートになっておく必要があります。
あなたの代わりはいないのだ、と思わせましょう。
これまで怒りについて述べてきましたが、この怒りを表現する際には、「感情をコントロールしながら、感情的に怒る」という矛盾した考え方が必要です。
つまり、そもそも感情的に怒るという行為自体を、効果的に「使う」ためには、予めシナリオを考えておいて、こういう行動をしてきたら、感情的にこのように怒ろうと決めておくということです。
怒るタイミングは、あなたが怒りを感じた時でもあります。
つまり、こういう行動をしてきたら、恐らく自分は腹が立つだろうから、このタイミングで怒ろうと決めるということです。
腹が立っているときには、頭に血がのぼっているので、うまく言葉が出てこないかもしれません。
それならば、予めいうことを決めておけばいいのです。
「~しろと言っただろ、なぜやらないんだ」と怒っておいて、反論をしてきたら、「そんなのは理由にならない、いちいち反論をするんじゃない、やれ」と返すのです。
相手の反論を正しいかどうか考えることは、感情的になっているときにはあまりできるものではありません。
ですから、「なぜやらないんだ」と理由を聞いておきながらも、相手の答えは全否定し、有無を言わさない迫力を見せつけ、そのうえで「やれ」と命令を下します。
あなたが命令を下す側であるときは、どなりつけるというような感情を表現する怒り方であっても問題ありません。
あなたが立場的に相手より下である場合には、若干のイラつきを見せるだけで、かなり怒っていることを示すことができます。
その場合には、「下の立場だからあえて抑えてやっている」感じを出しましょう。
その上で「何も知らないくせに偉そうに意見を言うんじゃない」という雰囲気を言葉に含めるのです。
言葉は罵倒するものではなく丁寧に、しかし語気は強く、というのが基本です。
このように、怒るときには怒る必要性を述べてきました。
ただ、感情的に怒るということは、リスクを伴います。
ですからむやみに使うべきではありません。大事なことは、いつも怒ることではなく、どうしてもいうことを聞かない場合には、なめられないためにも恐怖を植え付けることも、ときには必要だということです。